sangak’s diary

ワイドショーを見て思うこと

横綱白鵬の物言い騒動(『ひるおび!』)

 

 立川志らく師匠は「引退勧告すべきだという意見もあるが、偉大な横綱なのだからそれはどうか。以前も発言が問題になったことがあるが、横綱になったときもまだ若かったのだから、周りの人間がもっと指導してあげるべきだった」といった主旨の発言をされました。

 自分は相撲について全くの無知なので、よくわからないのですが、そもそも「横綱」とは何なのでしょうか? 強さの証なのでしょうか? 人格者であることを求められる地位なのでしょうか?

 もし「強ければいい」というのであれば、今回のような些細な言動や態度に関して、「横綱であること」を理由にあげて問題視するのはおかしいのではないでしょうか?

反対に「横綱は人柄や品格も重要」というのであれば、「横綱」の何たるかを理解していない方を「横綱」に認めた方々こそ問題であり、選定方法を見直すべきではないのでしょうか?

 さらにいえば、過去の素行で「横綱らしからぬ」と批判しておきながら、先日来の日馬富士事件においては、「横綱の証言だから信頼性が高い」と神聖視しているのも違和感を抱きます。

 このあたりに相撲協会側のダブルスタンダードを感じずにはいられません。

 


日馬富士暴行事件(『バイキング』)

 

 元力士維新力浩司氏いわく「横綱たちはふらっと来ただけで、最初から怒るつもりはなかったはず」とのこと。横綱たちが連れ立ってお酒の席にいくことはさして珍しくないということでしょうか?

 

 先日の『グッディ』では、別の方が「横綱たちがプライベートで顔を合わせることはまずない」といった話をされていたと思うのですが、いったいどちらの考え方が主流なんでしょうか?

 本件に関しては、いろいろな方が発言されておられますが、素人の見方だと、相撲協会側の方々の発言には首を傾げる事が多いです。

 伝聞が錯綜している状況がよくないのは事実ですが、「貴ノ岩が出てきて話せばいい、なぜ出てこないのか」という意見は、あまりに一方的だと思います。

 相撲協会側の方々は口々に縦社会や慣例を大事であると説いています。それが本当ならば、例え被害者であったとしても、幕内の貴ノ岩氏が、公の場で相撲協会横綱に反論するのは大変なことではないのでしょうか? それは相撲協会側のいう慣例や縦社会に対して反旗を翻せといっているようなものでしょう。

 また、貴ノ岩氏サイドに立つ方の意見では、「貴ノ岩氏は、貴乃花親方と相撲協会の板挟みにある」ともあります。

 こういう構図だけを見ていると、「貴ノ岩が出てきて話せばいい」と言っている方々は、「できるわけがない」と分かったうえで無理強いしているように感じられてなりません。

 すでに警察が調査に入っているのですから、相撲協会側も、貴乃花親方を見習って口を閉ざし、周辺の関係者たちにもそのように指示を出すべきではないのでしょうか?

 

 なお、同番組内にて、土田晃之さんは「こういう騒動が起きるたびに『横綱の品格が』という声があがるが、そもそも(そういう人を)横綱に選んだ人たちに責任はないのか?」という主旨の発言をされていました。