sangak’s diary

漫画やアニメは青少年の育成に有害か?

 

性表現規制の限界―「わいせつ」概念とその規制根拠

性表現規制の限界―「わいせつ」概念とその規制根拠

 

 

●【2018/2/14】自民党機関紙の「青少年健全育成基本法案の今国会成立を」目指す旨の記事について
https://togetter.com/li/1199763

青少年健全育成基本法(青健法)とは何か
正式な名称は【子ども・若者育成支援推進法の一部を改正する法律案】。
もともとは自民党が2014年に国会に提出し、一度は時間切れで廃案にされた法案です。
その時の同法案の内容は、大まかに以下の通り。

①名称を【子ども・若者育成支援推進法】から【青少年健全育成基本法(青健法)】に変更
②【子ども・若者育成支援推進法】にあった「子どもの人権が守られるようにする」と言う内容の条文をごっそり削除
③代わりに「青少年の健全な育成の支援」と言う名目で「(「有害なマンガ・ゲーム・アニメetcの規制」を含む)社会環境の整備をしなければならない」と言う内容の条文を新設 等…

つまり、
・子どもの人権を今までより大幅に制限して
・ついでに表現規制もしてしまおう
と言うとんでもない法案なのです。
(以上、記事より抜粋)

●それは本当に「子供」のためなのか?

 個人的な嗜好でいうと、漫画にせよアニメにせよ残虐な描写や生々しい怪我の描写があるものは苦手でして、本当に子どもたちのためになるのであれば、多少の規制はやむを得ないと思っています。が、しかし「本当に」という部分がじつに肝心でして、「子供たちのため」という名目で、一部の大人の主観や思想を押しつけるようなことがあってはいけないと思うんですね。
 それでは、戦前戦時中に行われた検閲と何ら変わらないことになってしまいます。「敵性語だから」という理由で、海外の推理小説が発禁になったなんて愚かなことが、また繰り返されるかもしれないのです。
 そもそも、たいていの娯楽というものは、興味のない人間からしたら「くだらないもの」であり、なかには眉をひそめるようなこともあるでしょう。しかし、そういう多様な価値観を認めることが、現代社会における自由の理念だと思います。
 他人に迷惑をかけるような真似は断固として慎むべきですが、個人あるいは一部の集団の中で楽しむ程度であれば、たがいに干渉するべきではないと思います。
 ましてや、その趣味にまったく理解のない人間の勝手な物差しで、「これはいい、これはダメ」などと消めるようなことはあってはならないのではないでしょうか? その人たちの判断が正しいと、誰が保証してくれるのですか?
 規制するにあたって科学的根拠を提示してくれるのでしょうか? かつて、手塚治虫の漫画を学校の校庭に集めて焚書した教師や親御さんたちがいましたが、彼らの言い分はじつに非科学的で、迷信としか思えないほど支離滅裂でした。また同じことが繰り返されるのかと思うとぞっとします。

●漫画の規制より炎天下でのスポーツを中止するほうが先では?

 「青少年のため」というのであれば、まず真っ先に「夏の甲子園」を禁止すべきでは? あれこそ、青少年の健康にとって非常に危険でしょう。将来有望な若者たちを命の危機にさらしてるといっても過言ではありませんよ。球場のスケジュールや地域宿泊施設の都合などから変更が難しいという噂がありますが、子供たちの命より大事なものなんてないでしょう?
 野球に限らず、部活動での事故も後を絶ちませんし、少子化にも歯止めが効かない状況です。さらに、昨今では高齢ドライバーの事故に巻き込まれ、児童や青少年が命を落というニュースも目立ちますよね? そういう現状を改善するほうが先なのではないでしょうか?
 また最近でいえば、漫画村のようなネット上の違法行為に関して法整備が追いついていないという問題も浮き彫りになっていますよね。
 国内のコンテンツで世界に勝負していこうという日本において、これらの対策こそ急務なのではないのでしょうか? いったい今、どれだけの対策が進んでいるというのでしょか?
 現状存在しているコンテンツを守ることより、コンテンツの発展を阻害することを優先するなんて、正気の沙汰とは思えません。